『にいちゃん、ぼく反省しきれません。/柚木真里』(ポプラ社)
タイトルにウケて読んでしまいました。
このゆる~い感じに惹かれちゃいました。
口グセにしちゃいそう。
昭和30年代の東京は上野の下町を舞台に、長屋で暮らす人々の暮らしをユーモラスに描いた作品。
主人公は、小学生の新太(not,ARATA)。
彼が語る形で、彼のおそろしくやんちゃで愛すべき兄の鉄平と、高校教師をしながら小説を書いている父、そして、茶道にいそしむ母の姿が短編集の中から浮き上がってくる。
作者が落語好きなのかどうか、どの編も落語のオチのようなユーモラスな味わいがある。
だれも気取らず、のんびりと暮らしていた古き良き時代と言ってしまえば簡単なのかもしれないが、それ以上に、このやんちゃすぎる兄弟の日常がかわいくて仕方ない。
せっかく敷いた布団の上で、おしっこかけ競争をしたり、公園に設置された、町で最初のテレビを見るための涙ぐましいまでの工夫があったり、貯水池にお酒を入れたら水道からお酒が出てくるんじゃないかと実験してみたり。
それを、少々肝のすわりすぎた父親が、のんびりと受け止めて拍車をかけてしまったりする。
読みながら、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を思い出した。
雰囲気がちょうどあんな感じなのだ。
小学校一年生まで、わたしも長屋住まいだったので、この隣近所誰もがお友だちというのか、うちの子もよその子もかまわず面倒をみている大人の存在がとても懐かしくなった。
わたしが1年生の時、午後から学校が休みだという事を言い忘れて学校に行き、帰宅すると、母親が出かけていていなかった時は、玄関でうろうろしていると、近所のおばさんが、お昼ご飯を食べさせてくれたりしていた。
別に、わたしが自分の子どもの友だちだとかそういうのでは全然ないのに、だ。
カッターナイフで竹とんぼをつくっていて、指をざっくりと切ってしまった時も、近所のおばさんが手当てしてくれて、血が止まるまで家に置いてくれていたりした。その指の傷は今でも残っているので、相当な切り傷だったに違いない。
2年生で、父の転勤で引っ越した時は、新興住宅地で、子ども心にわたしは近所の人との付き合いかたが今までとガラリと変わった事にとまどったものだった。
女の子たちは、リカちゃん人形で遊び、あまり外で遊ばない感じだったので、最初はつまらなかったものだった。
そのうち、その遊びにも慣れてきたけれど。
あー、思い出話しに花が咲いた。
わたしの小学生時代は昭和30年代ではないけれど(笑)、何となく懐かしい気持ちになる本だったのでした。
少々、新太くんの目線が大人目線になる瞬間があって、その時はちょっと頂けないなぁと、思うのだけれど、ところどころ「わははは!」と、笑ってしまうような楽しい作品集なのでした。
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コメント
こんにちは!
あくびさん長屋住いだったんですかーそういう場所にはあったかくて素敵な近所付き合いがのこっていたのですね。
あくびさんの世代で、そういう人情味あふれる近所付き合いを経験できている人ってそうはいないんじゃないかなあ。
わたしはたぶんすこしおねーさんですが(笑)ふつうの戸建だったのでそういうのなかったもの。
それにしてもたしかにすごく素敵なタイトルですね、この本。タイトルに惹かれて読んじゃう気持ち、わかります。読んでみようかな、わたしも。
投稿: みいねこ | 2006年10月 8日 (日) 09時21分
みいねこさん、こんにちは!
そうなんです、子どもの時は近所中、長屋だらけの場所に住んでいたので、それが不思議でも何でもなかったのですが、この年齢で長屋に住んでいたと言うと、けっこう驚かれます。笑
長屋住まいでの思い出はすっごくたくさんあります。話し出すと止まりません。w
楽しい話しばかりではなく、哀しい事もありましたが、それでも楽しい事の方が多かったのです。ま、わたしが子どもだったからって事もあるかもしれませんが。
普通に中学生のお兄さんが、めんどくさがらずに遊んでくれたりしていました。
新興住宅地に引っ越してからは同学年の子としか遊べない雰囲気があったので、その当時が懐かしかったものです。
この本も読んでみて下さい。
たまに「プッ」と、吹き出しちゃいます。
投稿: あくび | 2006年10月 8日 (日) 19時36分