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2008年6月29日 (日)

『戸村飯店青春100連発/瀬尾まいこ』(理論社)

人気の高い瀬尾まいこさん作品、初めて読みました。

構成もキャラクター設定も破綻のない、なんて上手なストーリーテラーだろうと感心。

読みやすく、笑いあり涙あり、で。

これは人気あって当たり前ですね。

この物語は、大阪の下町にある、小さな中華料理店「戸村飯店」の長男ヘイスケと、次男コウスケとの青春物語。

ま、さ、に、青春!という感じのくっさいくっさい照れくさい物語です。

でも、何かいいよ、これって思っちゃいます。

イケメンで、小さい頃から女の子にモテモテの長男ヘイスケと、その反対に、親父にそっくりのガッツ石松な感じの次男コウスケの、その、真反対な生き方に、思わず、どっちもがんばれ!って、思っちゃいます。

章が変わるごとに、ヘイスケとコウスケが交代で物語るという構成。

だから、読者はヘイスケの気持ちにもなれるし、コウスケの気持ちにもなれる。

お互いが、戸村飯店を継ぐか継がないかで悶々としていて、ヘイスケは小説家になる!なんて言って東京へ飛び出したり、コウスケは兄なき今、店を継ぐのは自分しかいないと苦悩したり。

コウスケが、2年越しに片想いしているクラスメイトの岡村さんが、兄ヘイスケに恋心を抱いているの知って悶々としたり。

そして、ヘイスケとコウスケが、子どもの頃からずっと一緒に住んでいながら、同じ部屋で寝起きしながらも、いかにお互いを誤解しあっているかが、最終章でスパークリングします。

それが、吉本新喜劇のギャグで表現されて、なおかつ、失笑のはずのシーンが、感動のシーンになるという伏線まで…。

瀬尾まいこさん、頭いいなぁ…。

ここまできれいに丸く納められると、何も言えないよ。

破綻している物語をわざと作りたくなってしまうくらい、美しい小説です。

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2008年6月23日 (月)

『遭難、/本谷有希子』(講談社)

劇団本谷有希子の戯曲。

この若い才能ある女性の作品を舞台で拝見した事はないのですが、自分の名前を劇団名にしたりする妙なセンスは気になっていました。

戯曲を初めて読んだのですが…これは、すごいですね。

演劇界の直木賞といわれる、鶴屋南北戯曲賞を最年少で受賞したのも納得。

人間の闇の部分を、ものすごくユニークに、そして毒を込めて表現した作品です。

巻末に上演当時の配役が書いてありましたが、この作品の主人公ともいえる女教師の役を、松永玲子さんが演じていたようです。
この女優さん、テレビではほんの脇役でしか見かけませんが、舞台での彼女は、人間爆弾としかいいようのない、おそろしくリアルな演技をされるので、一度見たら忘れられないです。
容姿は、そんなにびっくりするほど目立つ方ではないのに、演技をすると、どんな美女にも、どんな醜女にも化けられるすごい人だと思います。

この自己愛の異常に強い、そのせいで他人をもどんどん傷つけていくナルシストな女性を、見事に演じられたに違いないですね。

読みながら、あー、いるかも、こんな人…と、思いながら、笑いながら、でも、読み終わった時、静かに自分の心に寒々しい気持ちが湧き上がりました。
こんなにも人間の内面をえぐりとる事のできる人も、なかなかいない…と思ったのでした。

こわい作品です。

女性が文筆業についた歴史は古いですが、こうやって、すごい才能のあるおそろしい女性が世の中にはいるんだと思うと、圧倒されます。

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2008年6月19日 (木)

『99ひきのりゅう/バーバラ・スレイ』(福武書店)

イギリスの児童文学作品。

もとは、ラジオドラマのシナリオだったものを、児童書にしたものだそうです。

外国風のおしゃれでユーモアあふれるファンタジー作品。

小学校中学年の子たちが一番楽しめそうな作品でした。

夜眠れない時、「羊が一匹、羊が二匹…」って、数えるってよく言いますが、主人公のベンとべスは、あまりにもあまりにも眠れなくて、面白半分に、「ドラゴンが一匹、ドラゴンが二匹…」と、数えてしまいます。

すると、羊の丘に99ひきものドラゴンがあらわれてしまって…!!!


夢の中の出来事としての設定と、現実の、子ども部屋との設定を、うまく組み合わせて、小さな可愛らしいファンタジーに仕上がっています。

外国の、可愛いクレイアニメのような動きを想像させるような、羊やドラゴンたちの言動。

大変な事件が起こっていても、ついつい微笑んでしまうような、可愛らしいユーモアセンスの数々。

壮大なファンタジーじゃないけれど、何だかホッとするお話しでした。

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2008年6月17日 (火)

『モーニング/小路幸也』(実業之日本社)

男4人の青春ロードムービーにできそう。

学生時代に同じ大学に通い、バンドを組み、そして、いつしか共同生活を営み始めた5人の男たちが20年後に再び出会う事になる。

5人のうちの1人、真吾の早すぎる死をきっかけに。

卒業後、それぞれに仕事があり、家庭ができはじめた5人は会おう会おうと言いながらも集まる事がなかった。
皮肉な事に、真吾の葬式というきっかけがなければ。

葬式の帰り道、仲間のうちの1人、淳平が自殺すると言いはじめ、それぞれ飛行機や新幹線の予約をしていた者たちは、急遽キャンセルして、淳平を思いとどまらせようと、淳平の車に乗り込む。

「目的地に着くまでに、俺たちがお前の自殺したい原因を当てたら、自殺を思いとどまれ」

という約束をし、中年男たちのロードムービーが始まる。


うまい設定だなぁと、思う。

もう、それだけで、映像が頭に思い浮ぶもん。

キャスティングとか考えちゃうもん。

映画1本できるよ?この本で。

しかも、車という密室の中で、それぞれの人間がそれぞれの思惑をかかえてそれぞれに発言する、パーキングエリアに止まれば、そこで、外の空気も入る。

一幕もののできあがり。

「死」というものを取り扱っているけれど、中年男たちが思い出す青春時代の思い出話が、しめっぽさをなくしてくれているし。

淳平が自殺をしたいと言い出す原因は、学生時代、淳平が付き合っていた年上の女性、茜さんが原因ではと皆は言い出す。
いつしか、大学生の若者たちの中に、マドンナのような存在となって入ってきた一人の可愛らしい社会人の女性。
みんながあこがれていたけれど、いつしか、茜さんは淳平だけを見つめるようになっていく。

もちろん、仲間たちは悔しいながらもそれを祝福したし、当然、2人は結婚するんだろうとまで思うほど仲が良かった。

当時、コンパのたびに別れたのくっついたの…と、騒いでいた若者たちのような雰囲気は2人の間にはなく、本当に心の底から2人はつながっているのだと、若者たちにも理解できたので。

でも、結局、茜さんは交通事故で死んでしまう。

それが自殺だったのか、本当に事故死だったのかは、今でも分からない。

その原因となった事実が、彼らの心の傷だった。

淳平が自殺するというなら、茜さんの事くらいしか思い当たらない。

でも、なぜ、こんなに何年も経ってから?

仲間の1人、真吾の死がそれを思い出させたのか?

車内で語られる思い出話をすればするほど、読者には驚愕の事実が知らされていく。

オチがついたかと思ったら、最後の最後にまた驚愕の事実。

決してパンチは効いてない。

でも、ボディブローをくらったように、後からじわりじわりと痛みがくる。

それでも、ロードムービーは、見終わった後も、主人公たちの人生は続いていくんだという事は暗黙の了解だし、スクリーンのこっち側にいるわたしたちの人生も続いていくんだというのも事実。

本を閉じた後、表紙に書かれた「モーニング」というタイトルに、思わず、吹き出してしまう。

なんだよ、それっ!て、思う。

どこまで本気なんだろう、この作家はと、思ってしまう。

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2008年6月13日 (金)

『阪急電車/有川 浩』(幻冬舎)

この人の作品はおもしろいおもしろいと職場の人が何人も言うし、お客様の評判もかなりいいので、ついに読む。

今、人気の若手作家の一人。

最近、30代、40代の女性作家が元気がいいなぁと思うのはわたしだけでしょうか。

この作品は、関西に住んだ事があり、今でも勉強会のたびに関西方面へ出かけ、阪急電車を利用しているわたしには、「あー!そうそう!知ってる知ってる!」という感じもあり、相乗的におもしろい作品でした。

もちろん、阪急電車を利用していなければおもしろくないというわけでは全くありません。
作者もどうやら阪急電車沿線に住んでいるようですが、作品は、人間ドラマなので、電車は舞台装置として活用されているのです。

こんな短編映画とかあったらオシャレなんじゃないかなとか、オムニバスドラマとか作ったらおもしろいんじゃないかななんて、すぐ、わたしは思ってしまう。

今読んでいる他の本も、シチュエーションコメディとか、ロードムービーにしたらすごくおもしろいぞ!と、思いながら読んでいるところだし。
配役は、香川照之とか、芸達者な味のある中年の男優たち4人で固めるといいぞ!とか。
すぐに思ってしまうわたしなのでした。
次回の本の感想は、きっと、その本の事を書くと思われます。


閑話休題。


この物語は、各章が駅名でくくられていて、「宝塚駅」から、「西宮北口駅」までの片道15分間に起きた小さな出来事を紡いでいっている。
そして、「西宮北口駅」で折り返し、「宝塚駅」で締めくくる。

登場人物は、それぞれ違うけれど、彼ら彼女らの視界には、次の物語の主人公たちがいるのである。

誰もが主人公であり、また、誰もが脇役でもあるという、なかなかにオシャレな作品。

わたしの一番気に入った登場人物は、翔子さんという女性。

彼女は、白いドレスで阪急電車に乗り込んでいる。

手には、披露宴の引き出物。

それだけ見れば、どんな非常識な女かと周囲に白い目で見られそうなのだけれど、彼女は確信犯。

彼氏と婚約までし、披露宴会場まで決まっていたのに、彼がマリッジブルーの間に、同じ社内の、翔子にとっては友人だと思っていた女子社員と浮気をし、その女子社員が妊娠し、そのままかっさらわれるという事態になり、翔子は、その因縁の披露宴で見事、討ち入りを果たしてきた帰り道なのである。

もちろん、その女子社員は、翔子の彼氏を獲ろうと常日頃から狙っていたわけであり、翔子を友人とは微塵も思っていなかったわけである。

現実にもよくある話しといえば、そう。

いや、討ち入りが…ではなくてね。笑

この物語は、そんな翔子や、他にも何だか日常の切ない思いやつらい思いを抱えた人々が出てくるのだけれど、それを、少しだけ楽な気持ちにさせてくれる魔法をかけてくれる。

阪急電車という乗り物が、少しだけ、現代のおとぎの国への乗り物に思えるファンタジーだと感じた。

魔法なんかもちろんかかっていない。けれど、有川浩という作家の書く、登場人物たちのセリフはことごとく優しく、そして、ことごとく甘美だ。

現実には、そんなセリフはほとんど言えないだろうし、言わないだろうけれど、それをあえて書いて、読者を少しだけ身軽にしてくれる。

翔子が身軽になると、彼女は、また次に出会う乗客に、その魔法の言葉をかけてあげるのだ。

翔子が駅のホームで出会う、小学生の女の子にかける言葉に、わたしは不覚にも泣きそうになってしまった。

自分が損すると分かっていても、不本意にもその他大勢に迎合するくらいなら、1人でいようという少女の姿勢。

そして、そうやって前を向いて立ちつづける事がいかに孤独でしんどいかという事。

現実には、そのしんどさに気づく人はなかなかいないし、いるとすれば、同じようにしてしか生きられない不器用な人だけ。
でも、相手だって不器用だから、こっちのしんどさに気づいていても、この小説のような素敵なセリフはなかなか言えないのだ。笑

小学生の女の子の姿は、どっちかっていうと、わたしと同じだなぁ…と、苦笑いしながら読んでいた。

もっと周囲の女子たちに迎合して生きられる性分なら、こんな風にはなっていなかっただろうなぁ…というのが、客観的にものすごく分かるだけに、心臓が痛いなぁ…って感じだった。

あぁ、損するんだよね、そういうのって。
で、すごいしんどいんだよね、そういう性格ってって思う。
でも、自分はそうやってしか生きられないんだから、後悔はしないでおこうと思う気持ち。
そんな読者の気持ちを、ちょっとだけ楽にしてくれる物語。

そういう意味で、これは、リアリズムじゃなくて、ファンタジー小説だな、と、思った。

ちょっとだけ、甘い感じがね、ちょっとだけ苦手でもあるんだけれどもね。

甘い小説は、しんどくなるから、ちょっとだけ苦手。

でも、まぁ、これっくらいの甘さなら、たまにはいいかなと、思ったりもした。

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2008年6月10日 (火)

『花天新選組 君よ いつの日か会おう/越水利江子』(大日本図書)

秋飛という現代に生きる少女が、幕末の日本に生きる事で、新選組の若者たちの生き様を、まさに、「体験」するという物語になっています。

ただし、これは、タイムスリップものではないのです。
確かに時空を越え、秋飛は彼らと出会い、共に生き、戦いますが、それは魂の交流だと思ったのでした。
道場の孫として生まれた秋飛の剣士としての魂と、沖田総司という魂が出会う物語なのだと思いました。

前作、『月下花伝 時の橋を駆けて』では、新選組よりも、秋飛という少女の物語に重きが置かれていましたが、今回は、かなり史実を織り交ぜた時代小説になっています。
新選組ファンには、たまらない1冊だと思います。
ものすごく読みごたえのある新選組小説です。

若くして、志半ばにして散っていった者の多かった新選組という組織の中でも、有名な近藤や土方、そして、沖田総司。
彼らの生き様が、まるで息吹を感じられるかのような筆致で描かれていて、時代物好き、新選組好きは興奮します!

それというのも、読者が秋飛という少女の視点になって読めるように実にうまく描かれているからです。
秋飛が、この時代に生きるきっかけになった瞬間の描写がすごく迫力があります。
目を開けた瞬間の彼女に目に映ったもの、人は、読者の目にそのまま映るように描かれているのです。

そう、まるで、映画のカメラの演出のように、観客であったはずのわたしの目は、秋飛の目になって、時を越えた瞬間に立ち会う事になりました。

秋飛の目の前に初めて現れた人物、後でそれは新選組の井上源三郎だと分かるのですが、彼の動きがまるでスクリーンの中で動く人のように秋飛の目というカメラを通して読者に伝わってきます。

うまい!と言うのも失礼な話しですが、本当にううむすごい!と、うならずにはおれませんでした。

この瞬間から、わたしは秋飛の目になって物語を、まさに、「体験」する事になりました。

この作品のすごいところは、現代の少女である秋飛が、新選組の中にあって、決して、「お客さま」ではないというところ。
六番隊の平隊士として、この時代を、「生き」なければならないというところ。
少女として現代を生きていた秋飛が、男として、幕末の時代を生きなければならないという事。
新選組という組織に属していれば、必然的に殺戮の場面にも出会うということ。
けれど、秋飛は、誰にも甘える事なく、その事実に対してきちんと立ち向かっていく。
それが、本当にこの物語を素晴らしいものにしていると思ったのでした。

歴史を知っている彼女は、これから先、新選組がどうなるかも知っている。
けれど、歴史等というものは、人間1人の力ではどうなるものでもない。
それは、どんなに天才的な人物がいたとしても、そういうものだったと思う。

だから、大好きな沖田総司や近藤勇たちの命を救う事などできるわけもない。
けれど、彼女は精一杯に時代の中で生きる事に努力した。
それが、読み手にひしひしと伝わってきて、その彼女の生きる姿勢が、きっと、新選組にいた多くの若い隊士たちの姿だったんだろうなと、切なく胸に迫ってくるのです。

児童文学という枠を超えて、この作品は、世の中に数多くある優れた「新選組」作品の中に仲間入りしたと感じました。
何よりも、近藤や土方、沖田、井上、永倉、斎藤、島田、原田、藤堂…といった、新選組ファンにはおなじみの人々が、作品の中で、生き生きと動きしゃべっているのです。
残念ながら、描かれているのは、山南さんが亡くなった後の新選組なのですが、それでも、本人たちはきっとこんな風にしゃべり動いていたのでは…と、思えてきます。
だからこそ、新選組好きの多くの人にも、この作品を読んでほしいと感じます。

客観的にこの時代を見るというよりも、この時代を生きた人の心になれるすごい作品です。

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2008年6月 8日 (日)

ザ・マジックアワー

脚本と監督:三谷幸喜

主な出演者:
佐藤浩市・妻夫木聡・深津絵里・綾瀬はるか・西田敏行・小日向文世・寺島進・戸田恵子・伊吹吾郎・浅野和之・市村萬次郎・柳澤慎一・香川照之・甲本雅裕・近藤芳正・梶原善・阿南健治・榎木兵衛・堀部圭亮・山本耕史・市川亀次治郎・市川昆・中井貴一・鈴木京香・谷原章介・寺脇康文・天海祐希・唐沢寿明


公開初日をずーっとずーっと待っていました!
ついに、昨日、仕事が終わってからダッシュで観てきました!
休みのはずの妹も、なぜかダッシュに強制参加!
いいのです!
おもしろいものを観られるんだから!

すごくすごくおもしろくて、すごくすごく素敵な映画でした。

映画好きなので、わりとあれこれ観に行く方ですが、今回は初めての経験をしました。

あまりにも素敵な映画すぎて、しばらく他の映画を観たくない!!!という気持ちを初体験!

ナルニアの第2章も気になってはいるんですが、観ない!

しばらく、もう、他の映画監督の映画世界を体験したくない気分です。

この素敵な余韻にひたって今月いっぱいくらいを過ごしたい。

も~、何でこんなに素敵な映画が作れるんだろう!
何かもう細々とすごいこの素敵さを皆さんにご説明したいくらい素敵なんです!
でも、ただでさえ長々としたわたしのブログ、あまりご説明が長くなるのも申し訳ないからもー。

映画を観た後のビールは格別おいしかったです。
妹と一緒に乾杯しました。
妹は下戸なのでウーロン茶で。
おいしいビールを飲ませてくれる映画なんですよ?
観ない人どうかしてますよ。

さぁ、明日からもがんばって行こう!って、思える映画なんです。
そんな素晴らしい作品、しょっちゅう会えるもんじゃありません。
三谷幸喜、やっぱり素敵な人です。
大好きです。

初日が明けたばかりなので、ネタバレしちゃいけないなと思うので、詳しくは書きません。

でも、皆さん、さまざまな、のっぴきならない諸々のご事情もおありだと思いますが、ぜひぜひ映画館へお運び下さい。

この映画こそ、大きなスクリーンで観るべき映画のための映画だと思いますよ。

表のストーリーである、チンピラ青年と、三流俳優の勘違いや悲喜こもごもとか、いろいろ描いているけれど、裏のストーリーも素敵shine

劇中劇ならぬ、映画中映画。

普段は表に出る事のない裏方さんたち職人さんの、プロの技と、プロ魂、もう、本当にかっこいい!としか言いようがないのです。
そういうの大好きなんです、わたし。
わたしの大好きな職人さんたちのおはなしでもあると思うのでした。

パンフレットの中にね、映画の中で、じゃなくて、本当のこの映画にたずさわったスタッフさんのセリフが書いてあって、それがもうかっこよくてかっこよくて、あくびちゃんはノックアウトです。

それは、監督である三谷さんが、スタッフさんの作るセットがすごく精密で凝っていて素晴らしいのに、カメラに映るのは一部で、撮れないところもたくさんあって悔しいと言った時のそのスタッフさんの答えなんです。

「フィルムには映らなくても、役者の目に映っているなら、それだけで充分、存在した意味があるんですよ」

って、もう、何!?

惚れる…。

ペーペーだったらさ、三谷監督のフィルムに全部俺の仕事を映して欲しい!って、思うはず。
でも、このスタッフさんは、いつでもどんな映画でも、このクオリティーを作り出す自信が無意識にあるからこそ、そんなもったいないセリフが吐けるんじゃないかなぁって思った。

そして、もちろんだけれど、映画を愛しているからこそ、役者を信じているからこそのセリフなんじゃないかなぁと思う。

プロの技を持つ人たちが集まって、一つのモノを作り上げるという事に、わたしはすごくあこがれを感じるんです。
あこがれというか、そういう風にして仕事をしていきたいという気持ち。

わたしは、短い期間だったけれど、むか~し、お芝居を作る楽しみを味わってしまったので、みんながそれぞれの技を持ち合って、そして、お互いを信頼しあって、一つのモノを作り上げるという楽しさ、すごくよく分かります。

もちろん、楽しいばかりじゃないし、センスがかちあわなくて議論になる事もあるし、クオリティーを上げようと努力しない人も中にはいて腹が立ったりするけれど、最終的に、いい作品を作りたいというみんなの気持ちが重なった時は、本当にいいものができるなぁと思ってきました。
舞台に立つ役者だけが主役じゃない、裏方がいてこその役者という気持ちも、本当にその通りだと感じていつも立っていました。

ま、それは余談として。

だから、三谷さんの作品みたいに、主人公はいるけれど、でも、出演している全ての人が本当は主人公なんだよねっているスタンスがすごく胸にグッときます。
そして、こんな事のできる人はなかなかいないと思うんだけれど、観客すらも主役なのです。
だから、映画館で観なきゃダメなの!

何回でも観たいなぁ~って思いました。

俳優陣も、名実ともに素晴らしい人たちばかりです。
主役級の人たちだけならず、脇役の人たちもとてもとても素晴らしいのです。

というか、脇役だからこそ上手い役者を使うんだと思ったりします。
ましてや、コメディ。
演技上手くないと!

走って撃たれるだけの役に中井貴一、とか。
もう。何?
牛タンを頼んどいて、食べずににおいだけかぐ?みたいな、そんな感じ?

寺島進とか、ラストシーンはキミだけのためにあるぞ!と、思って笑いが止まりませんでした。
あんなにカメラがひいてるのに…って、ネタバレになっちゃう…やめとこうっと。

ラストシーンといえば、佐藤浩市さん及び裏方さんたちの大見せ場!

わたしと妹は、座席の下で小さく拍手し続けました。
これが劇場だったら、間違いなくスタンディングオーベーションです。

わたしが映画館で映画を観たい理由、今回、やっと分かりました。
舞台を観る時は、もう、それはライブだから、お客さんたちもライブに来ているから、笑い声、すすり泣き、そして、拍手にスタンディングオーべーションは当たり前。
ましてや、歌舞伎ともなれば、「よっ!○○屋!」なんて言いますし。

それと同じように、映画館でライブ感を味わいたいんだと気づきました。
周囲のお客さんたちと、この瞬間を共有したいのだと思いました。
だから、最近は、わたしは、映画館で笑いをそんなに我慢したりしません。
もちろん、人の迷惑になるような大笑いはしないけれど、1人がクスクスって笑えば、笑いを我慢してた人たちも一緒になって笑うし、結局は、映画館の客席全体に、楽しい空気が満ち溢れるからいいなぁって思うようになりました。

一度だけ、ある映画で、テロップが流れ始めた時に、拍手の嵐になった経験があります。
すごく楽しい時間だった。
それから、ある映画は、とても重たいラストシーンだったんだけれど、テロップが流れている間も、流れ終わって照明がついてしばらくたっても、お客さんが誰も立ち上がらなかった事もありました。
みんな、その映画の問いかける重さに黙ってしばらくイスに座っていました。

だいたい、わたしは、テロップが流れている途中にガタガタ帰る人が好きじゃないんだけれど、こういう瞬間に居合わせた時は、本当に感動します。

映画館の暗闇の中で、たくさんの知らない人たちが、同じ映画を見て感動した思いを拍手で表現するなんて、そんなに出会える瞬間じゃありません。

DVDを自宅で観てたら決して味わえない瞬間です。
だからわたしは映画館へ行きたいんだと気づきました。

1人で映画に行くのもしょちゅうだけれど、本当に映画の好みの会う人と行くのも楽しいものです。
きっと、それもライブ感。
あと、観終った後に、あそこ良かったね!とか、細かい話しもできるし。
映画好きでも、好みが違うと、全然後が盛り上がらなくて、むしろ盛り下がるくらいだから、1人で観た方がましだったと思う事もあるからね…。

すっごく久しぶりに妹と一緒に映画を観たけれど、2人ともが同じ場所で吹き出して、同じ場所で拍手してしまったので、
「あー、この人とは血がつながってるというだけじゃなくて、本当に気も合うから楽しいなぁ」
と、改めて思ったのでした。
あったかい気持ちになりました。

まだまだ書き足りないくらいですよ。
でも、もう、眠たくなったから寝る。

映画を撮るたびにクオリティアップしている三谷幸喜という人も、映画監督のプロだと思いました。
プロの映画監督じゃなくて、映画監督のプロ。
彼も素敵な職人さんの1人。

観なきゃ人生損します。
それだけは確か。

おやすみなさい。

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2008年6月 7日 (土)

公開初日に行くつもり。

再来年の大河ドラマは「龍馬伝」だそうです。
何かテンション上がる~!
もう、来年の大河とばして再来年の見たいくらい。
いや、来年の妻夫木くんもちょっとは見たい。

坂本龍馬って、33歳で暗殺されたんだなぁと思うと、わたしと同じ年齢で暗殺されたのか…って、思うと、そりゃぁ志半ばすぎて無念だっただろうな…と、思う。

それと同時に、33歳までに彼のしでかした事のすごさに改めてびっくりする。
田舎から出てきたただの兄ちゃんだっただろうに。
やればできるもんだな。
いや、そういう問題じゃないか…。

龍馬の役って、今までいろんな俳優さんが演じてきたけれど、今回は誰が演じるんだろう。
それも楽しみ。
お竜さん役も楽しみ。

個人的には、もう何年も前に、三谷幸喜さんの映画、「龍馬の妻とその夫と愛人」を観た時の江口洋介のイメージがすごく強いけれど。
さすがに、そのキャスティングは再来年の大河ではしないかな…?
この映画もおもしろかった。
ラストはすごいフラストレーションたまったけれど。笑

でも、人が死ぬきっかけって実はそんなものなのかも。
大往生でもない限り、死なんてそんなに納得いくものじゃないのかも。
生まれてきた時の記憶がある人なんてそうそういないから、自分が納得して生まれてきたとみんな思っているだけで、実はそうじゃなかったかもしれないじゃんね?

生死なんて、理解できないような理不尽な事なのかも。

…なんて、めんどくさい事を書いているけれど、今生きているから、楽しい映画にも出会えるわけなので、別にいいかとも思う。

以前に、先生たちとお酒飲んでた席で、お竜さんてさ、龍馬が暗殺された後、すごくみじめな生活になっちゃって、
そんなの悲しいですねって言ったら、先生が、
「あんなにいい男に出会えたら幸せだ」
っておっしゃってたのにちょっと納得した。

何でこんなに龍馬トークしてるのか自分でもよく分からないけど。笑

龍馬が暗殺されなかったら日本はもっと変わってたかもしれないって、何か、ケネディが暗殺されていなかったら、世界はもっと変わっていたかもしれないって思うような感じで。

よくは知らなくても、もう、キャラクターとして確立している歴史上の人物の1人なんだろうね、きっと。
司馬遼太郎さんの功績もきっとあるけれど。

そんなわけで(?)…いや、三谷さんの話題が出たから…そんなわけで、今週の土曜日は「ザ・マジックアワ~」公開初日!
早速観に行きます!
もう楽しみで楽しみで仕方なかったのでした。

三谷さんのノンストップコメディは、酸欠になりそうになります。

「オケピ!」の舞台を観に行った時なんて、ずーっと笑いっぱなしにさせられて、三谷幸喜の笑いはサディスティックだとすら思ったもん。

ってゆーか、昨夜、妹との共有スペース廊下兼洗面台で手を洗っていたら、妹の部屋からすすり泣きが聞こえてきたから、めちゃへこんだわ。
今、妹が職場ですごくしんどい目にあっているのは何となく知ってはいたけれど、夜中に1人で泣かないといけないくらいなのかい…って、姉ちゃんは心配になった。

若い人ばかりの職場も確かに楽しくていいかもしれないけれど、のっぴきならないハプニングが起きたりした時、頼りになるベテランが必要だなと思う時もある。
妹の職場は若い女性ばかりだから、なかなかソフト面が難しそうだなぁ…と、話しを聞いていて思う。

っとゆーわけで、公開初日は出不精の妹を夕飯おごるからっていうエサで釣って、気分転換にコメディを見せてやるのだ。

本当におもしろい映画を観れば、たいがいの事はどうでもいいと思えるんだから。

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2008年6月 5日 (木)

『ゲゲゲの女房/武良布枝』(実業之日本社)

漫画家水木しげるの妻である、布枝さんの自伝。

読み始めてすぐに、上品な文章に惹かれた。

特に派手な事も書こうという衒いもないし、ただ、ありのままを淡々と書いておられるだけなのに、なぜか真剣に読ませる迫力がある。

きっと、布枝さんという1人の女性が、これまで、とても真面目にとても丁寧に生きてこられたからだろうと思う。

ご夫婦や家族の写真が数点載っているけれど、水木しげる氏の描く布枝さんの似顔絵とは大違いで、ご本人はとてもかわいらしい女性なので、びっくりした。

いや、びっくりするという言い方は失礼だけれども。笑

水木漫画に登場すると、みんながみんなあんな顔になるので。笑

この分だと、サラリーマン田中のモデルとなった編集者さんだって、あんな顔じゃなくて、もっとハンサムかもしれないぞと、思った。笑

絵だと、妖怪なのか人間なのか区別がつかないのに。笑

有名人の妻という気負いは、この本からは微塵も感じられない。

親戚のおばさんが、生い立ちをぽつりぽつりと話してくれるような親近感がある。

どこにでもいる普通のおばさんだと思っていた、親戚のおばちゃんにも、実は色々な苦労や悲しみ苦しみ、そして幸せな人生があったのだと、その人の生きてきた道を知った時の、静かな感動に似ている。

もっと、おばちゃんとしゃべりたい。
もっと、おばちゃんの事が知りたいと思う時のような気持ち。

水木しげるという人に興味がなくても、これは1人の女性の昭和史として読めると思えた。

ラストの数ページは、涙が止まらなかった。

伝記とか、自伝とか、そういう類のものを読んで涙が出たのは初めてだ。

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2008年6月 3日 (火)

『古道具ほんなら堂~ちょっと不思議あり~/楠章子』(毎日新聞社)

楠章子さんの2作目です。

読み始めて、ぐっとこの世界に惹き込まれていきました。

列車の中で読んでいたのですが、自分の降りる駅に着いても、読みやめるのがいやで、さらに30分ほど乗り過ごして読みました。
読みほしてから、降りたかったのです。

燈花さんという、だいだい色の着物をきた白髪のおかっぱ頭のちょっと怖そうな顔したおばあさんを軸に、短編ごとに出てくる少女たちの物語が描かれていきます。

「まめだのせっけん」

「ガラスビンのしずく」

「にじ色のこな」

「かけた茶わん」

の、4編です。

楠さんの作品は、読みながらそーっとそーっと人知れず涙をぬぐってくれるような優しさがあると思います。
デビュー作もそうだったなぁと、思い出していました。

でも、ただただ優しいだけではなく、燈花さんの子どもたちへ対する態度でも分かるように、何もかも至れり尽くせりの優しさではありません。

自分で精一杯考え、自分で精一杯行動し、それでもどうしてもちょっとだけ人の力を貸して欲しいな…と、いう時、燈花さんは、不機嫌そうにふんっと鼻を鳴らして、誰かのそばでちょっとだけひみつの粉をふりかけてくれるのです。
そして、その粉は永遠ではないのです。
また、明日からも、少女たちは、うんと足を踏ん張って生きていかねばなりません。
それは大変しんどい事でもありますが、それでも、どこかでだれかが見守ってくれていると思えば、がんばれそうです。

構成とか、人の心情のスパイス具合とか、ものすごくうまい!と、思いました。
わたしは、楠章子さんという作家さんを知らなくても、この作品のファンになっていたと断言できます。

多くの人に、この世界を味わってほしいと思います。


わたしの上半期脳内ベストセレクションに堂々のランクインです。

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2008年6月 1日 (日)

『星空へようこそ/横山充男』(文研出版)

天文少年の幸太と淳は、地元の本屋兼雑貨屋を営む卓さんが主催する、天体観測の会員だ。
いつも、天体観測のある日は、卓さんの望遠鏡を借りて星空を見ている。

でも、自分たちの望遠鏡が欲しい!
でも、性能の良い望遠鏡を買うとなれば、最低でも5万円は必要だ。
小学生のおこづかいでは、とうてい買えるものではない。
そこで、幸太と淳は何かいいアルバイトはないかと考えはじめる。

天体少年の目を通し、星空の美しさはもちろんの事、天体観測のノウハウまでさりげなく解説されていて、何だか読みながら天体少年になった気分になれます。

星空というのは、ロマンあふれるもので、全く興味のない人でも、その美しさは否定できない存在でしょう。

子どもの頃から、本好きだった、天体少女ではなく、文学少女だったわたしにとっては、「星」を意識させられた最初の存在は、どう考えても宮沢賢治の作品。
「銀河鉄道の夜」はもちろんの事、賢治の作品には、空や星、鉱石といった神秘的な素材がたくさんちりばめられています。
星空は…、わたしにとって、どうしても群青色です。
群青色、もしくはビロードのような星空には、永遠にジョバンニとカムパネルらが銀河鉄道に乗っている星空なのです。

さて、話しがそれてしまいましたが…、幸太と淳の天文マニアっぷりを描きながらも、幸太のいとこである愛梨という一筋縄ではいかない生意気な少女、そして、幸太の両親や祖父、様々な人たちの生きる姿がまるで星座図のようにこの作品の中に練りこまれています。

阪神大震災で、家も職場も失った幸太の両親は、いつか自分たちのレストランを持つ事を夢見て、日々働いてお金をためています。父親は昼は食堂で、夜は夜のアルバイトに出かけて行きます。
愛梨の母親も、アメリカで独立する夢を実現させようとしています。
幸太の祖父も、川漁師として、決して楽ではないウナギ漁を今も現役で続けています。
本屋の卓さんも、綾子さんという女性への愛をいつか打ち明けようと一生懸命です。

この作品の中に、こんなにたくさんの人生が詰まっている事に感動します。

プレアデス星団のことが何度も出てきますが、この小さな町に住むおとなたち、子どもたちの生きる姿は、ひときわ美しく輝く星団、プレアデス星団のようなものかもしれないと思いながら読んでいました。

それと共に、わたしが学ばせてもらっている児童文学創作集団の名前が、「プレアデス」という名前であるという事を、改めて思いました。

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